作品/[三月劇場]

(イメージ)
[紫薇夜想曲]
第1場
森島永年
くずれかけた長屋。タタミは破れ、破れ障子や壊れたタンス、回ることをやめた扇風機が目につく。灯りは、電気がついたり消えたり、長屋の部屋によっては電気を止められた所もあってローソクの灯が点いている所もある。
ふとんが一枚しいてある、乙の部屋に甲がたずねて来る。
甲
ごめん下さい。ごめん下さい。僕ですけど、開けてもらえませんか。ごめん下さい。僕ですけど。いないのかな、もしかして。ごめん下さい。いなかったら、どうしよう。僕は、僕はどこへ行けばいいんだ。あああああ。
乙
(開けて)なんて声出しているんだ。
甲
つたないこと聞かせてもらいたいんだけど、いいかな。
乙
まあ、そんな所に立っていたってしょうがないじゃないか。あがれよ。
甲
ああ。ああああ。
乙
なんて声出すんだよ。
甲
どうってことないけど。昨日が終わると今日になるんだよな。
乙
昨日が終わったから、今日になったんだよ。
甲
ということは、昨日がなければ、今日もないわけだ。じゃあ、今日が終われば?
乙
明日になるんだよ。
甲
やっぱり明日か。明日になっちまうんだな。
乙
明日になる。
甲
するとだよ。明日の俺は、今日を何だと思うんだろう。
乙
昨日だと思うのさ。
甲
どうして。今日は今日だから今日さ。
乙
でも、明日のお前から見れば、今日は昨日だ。
甲
じゃあ、今日の俺から見れば、今日は?
乙
今日だよ。
甲
昨日の俺にして見れば、今日は明日だよな。
乙
ああ。
甲
だとすれば、昨日の俺にとって、昨日は何だったんだろう。
乙
今日さ。
甲
でもね。昨日があれば今日だろうけど、昨日がなければ何なんだ。
乙
昨日がなくなるなんてこと、あるもんか。昨日がなければ、今日は明後日さ。
甲
ちょっと待てよ。今、お前、無責任な発言をしたんじゃないだろうな。俺は何が嫌って、無責任な発言程、嫌なもんはないんだ。そりゃ、お前にとっちゃ、他人言かもしれないけど、俺にしてみれば重要なことなんだからね。
乙
大騒ぎするほどのことって訳でもないだろう。
甲
昨日が見つからないんだよ。俺の。
乙
お前の?見つからない?昨日が?
甲
ああ。どこかへ行っちまったんだよ。
乙
昨日ってのはどこかへ行くもんかね?
甲
だって、見あたらないんだからしょうがないだろう。
乙
自分でおぼえていないのか?
甲
ああ、なさけないことに、おぼえていないんだ。
隣の部屋に、かすかな明り、甲乙の部屋の灯りは消える。
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[三月劇場]
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