[月虹舎]

(イメージ)
グッバイガール
第07場
森島永年
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http://www.infonet.co.jp/apt/March/Aki/GoodByeGirl/07.html
二三日後。マンションの屋上。正夫が夜景を見ている。
優子 どうしたの、珍しいじゃない。こんな夜遅くまで起きているなんて。
正夫 ああ、きみか。
優子 お芝居の方、うまくいっていないの。
正夫 うまくいっていますよ。連日大入り満員。この芝居にこんなに客が入っていいんだろうかと思えるくらい入っていますよ。
優子 それは良かったわね。
正夫 だけど、ちっとも満足しない。昔は、大入り満員だってことだけで、満足できたのにな。最も、その大入り満員だって、あの小さな劇場なんだからね。ほら、ほら、こうして見回すと、こんなにも一杯ビルが建っている。ここにどれだけの人が働いていると思う。...一番見てもらわなくちゃならないのは、ああいうところで人間性を失いながら機械の一部みたいになって働いているはずなのに...。
優子 私も時々こうやって屋上に出てみるの。昼間だと海があのビルとビルの間からほんの少しだけ見えるのよ。
正夫 へえー。海が見えるのか。
優子 私ね、前々から言おう言おうと思っていたんだけれど...。
正夫 何だい。
優子 こうして赤の他人が暮らしてるのって、本当はすごく不自然なことなのよね。
正夫 ああ。
優子 その不自然な状態にあるわけだから、...つまり、お互いの関係をね...正夫 何なんだよ。
優子 つまり、お互いの間には、ルールがあるわけでしょう。
正夫 それは、そうだ。
優子 不自然なことが不自然なまま続くわけじゃないわけだし...。
正夫 それで。
優子 前々から、言おう言おうと思っていたけれど、...私の下着洗うの止めてくれる!
正夫 ...。
優子 料理から、掃除選択まで、してくれるのは本当に助かっているわ。 でも、下着まで洗ってくれることはないの。
正夫 あんたが脱ぎっぱなしにして、そこら辺にかっぽっておくのがいけないんだ。困ったことにぼくは綺麗好きなんでね。
優子 自分の下着ぐらい自分で洗うわよ。
正夫 だったら、なぜ今まで自分で洗わなかったんだ。料理だって、掃除だって、洗濯だって、やろうと思えば簡単な作業だろ。...それに、何をいまさら、急にそんなことを言いだすんだ。
優子 ユカにやらせるわ。おかげさまで、ユカもだいぶ家事を覚えたから。
正夫 ああ、分かった。...もう、手を出さないよ。
優子 今日は反論してこないのね。
正夫 ぼくだって、たまにはそういう日もあるさ。
優子 へえー、珍しいこと。
正夫 今日、ピーターブルックが劇場へ来たんだ。うちの演出かと何か話をしていたけれどさ。ああ、もしかしたら、この人と一緒に芝居が出来たんだな、なんて思ったら...また、そばにいるんだけど、遠くに見えるんだな、これが。何せ、こっちは第一次審査で落ちているし、こっちの方何か見もしないしさ。...ちょっと自信をなくしちまってたところ。
優子 ねえ、前々から、一度聞こう聞こうと思っていたんだけれど、いい。...こういうことって、デリケートなことだし、下手にいって相手を傷つけたりしたら悪いと思うし、あたってても外れていても相手を傷つけることになるんじゃないかと思って...
正夫 何を回りくどいいい方をしているんだ。きみらしくない。
優子 私らしくないって、どういうことなのよ。これでも結構デリカシーに満ちているんですからね。
正夫 それで。
優子 ねえ、もしかして、亀井さんてホモなの。
正夫いきなり笑いだす。
正夫 どうしてそんなこと思ったりしたんだ。
優子 やっぱり人間、核心をつかれると突発的に笑いの発作に襲われるってなにかの本で読んだんだけど本当だったんだ。
正夫 違うよ。あんまり馬鹿馬鹿しいんで、笑っただけさ。どこをどう押せばそんな答が出てくるんだ。
優子 男にしては、家事はうまいし、ミシン掛けから、何から全部出来るから、もしかしたら、と思って...。それに、一ヵ月以上一緒に暮らしていて私に手を出そうともしないし...もしかしたら、ホモなんじゃないかな、なんて...あっ、それともインポ。
正夫 いいかげんにしてくれよ。ぼくはまとも。正常に機能するし、風呂上がりのきみがバスタオル一枚でそこら辺をうろうろしてりゃ、むらむらと来ることもあるけれど、手軽な所で済まそうなんて思わないだけなんだ。そういう関係になったら、ちゃんと責任を取るつもりだし。どうも、演技と同じで頭も古いのかな。
優子 柿崎が出ていって、もう一ヵ月以上たつわ。さっき、警察から電話があって、大阪で捕まったって。
正夫 ニューヨークへ行ったんだろ。
優子 英語がしゃべれないから、ノイローゼになって、すぐに日本へ戻ってきたらしいの。金は使い果しちゃって、詐欺みたいなことをして捕まったのよ。...被害届けが出ていたんで、こっちに連絡が入ったの。
正夫 引取にいくの。
優子 柿崎はいい愛人になれても、良いパパにはなれないわ。最近ユカがやたらと明るいのよね。やっぱり、子供には父親が必要かななんて。
正夫 優子さんらしくもない。馬鹿にしおらしいこと言うじゃないの。
優子 私だって、淋しくなる日はあるわよ。
雷。続いて雨の音。
優子 濡れるわよ。
正夫 濡れるのが好きなんだ。
優子 馬鹿ねえ。
正夫 さっきの父親の話だけど(雷鳴)
優子 えっ、何。
正夫 さっきの話だけど。
もう、雨の音が大きくて二人の声が聞こえない。暗転、くらい中で二人の声がする。
優子 シャワー、あびたほうがいいんじゃない。
正夫 すぐ、暖かくなるさ。
優子 本当にホモじゃなかったんだ。
正夫 ずいぶんと、情熱的な男なのさ。本当は。
優子 ちょっと、...いや、そんな...。
電話のベル。
優子 もう、こんな時に、...はい、はい、おります。あなたに電話よ。
正夫 はい、電話代わりました。亀井正夫ですが、...ああ、山田か、...演出家なんだ。何だって、ピーターブルックが...明日から...それで、そっちは俺が抜けたら...悪いな。ああ、すまん。そうか、ありがとう。(電話を切る)
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